僕は共依存体質です。
最近、ある女の子とよく会ったりお話をしていて、僕も彼女には共感できるところがあるものだから、色々話を聞いていました。
今までのココロ系・自意識系体質の子の例にもれず、彼女も色んな被害を受けていました。
僕は知らず知らず「入って」いってしまいました。
「つらそう。なんとかしないと…」
今までの経験から、何もできるわけがないことは頭で知っていました。
だけれども、心はどんどんつらくなるわけです。
どうして世界はこんなに醜いのか。
そして自分には何もできないのか。
知らず知らず。
連続する試合のせいもあるのですが、「入り」こみやすい僕は、少しノイローゼ状態になりかけていました。
別に彼女でもなんでもない子です。
昔からそうなのです。
勝手に、自分のほうから誘ってひきつけ、抱え込みたがるのです。
昔、決別したつもりでした。
彼女たちの人生には、僕は何の、保護する責任もない。
僕自身の弱さを、見せつけられるだけというか、自分のことすら満足にできてない。
それよりも、何よりも相手を信用していないのではないか。
僕がいても、いなくても、彼女彼らたちは、生きていくだろう、幸せに向けて。
それだけの力があるはずだと。
へんに、関わろうとしすぎることで、相手の(強くなろうとする)力すら弱めてしまっているのではないか。
そんな思いをして、付き合っている子とも別れましたし、まわりにいた、色んな女の子とも連絡を断ちました。
あれから、10年。
僕は何も変わっていないのでしょうか。
でも、ふと、思い出したのです。
自分にできることは、信じ続けることだと、まずは。
別れる時、「いい友達になりたい」と思いました。
相手の、母になることでも、支配的な恋人になることでもない。
いつか、あの人と、再び出会うことがあったら、何もせず、信用して、一緒にいてあげるだけの友達になりたい。
そう、何もせずいることすら、当時の自分には無理でした。
「なんとかしよう」としすぎてしまった。
昔の女の子や、好きだった子にはもう会えないかもしれない。
もう会わないように断ち切った子もいる。
だけど、ずっとそう思っていた。
たぶん…。
これから、出会ってゆく子たちは、昔からの子たちと同じように、自分の、今すぐには何ともできない「問題」を持っている子かもしれない。
そこは変わらないかもしれない。
だけど…。
たぶんきっと、これが「再会」なのだろう。
あの時別れた、数々の女の子たちと、もう一度、出会えなおしているのかもしれない。
そう、まったくの別人として。
自分は、あの時思った、友達であることができるだろうか。
相手を信じられるだろうか。
時間はかかっても、数々の出会いが彼女たちを、少しづつ変えてゆくし、変わる力があり、その側に、僕は何の恣意もなく、何も期待することなく、遠くからでも、立っていられるだろうか。
何もできない。
僕自身にしてもそうだ。
だけど…。
ここからが未来のはじまりなんだと思う。