2012年9月29日土曜日

日曜試合

■第7回全日本クラス別空手道選手権大会 
9月30日(日) 10時試合開始 
川崎市体育館 
一般クラス・軽量級 
http://yuushikai.jp/ 


がんばります!!!

2012年9月18日火曜日

優勝できましたが…

 今回、以前の国際総合全日本から、分派したということもあり(たぶん)、軽量級は4人でした。
 ですが、北海道から(2ヶ月前の決勝の相手)S選手も来て、そんなにレベルは低くないと思いました。

 緒戦(準決勝です^^;)は、以前この大会で優勝していた選手。
 キックでプロの舞台にも立っているベテランの方でした。
 押してきたり、自力がそんなに軽いとは思いませんでしたが、ボディにヒザが入り、開始3~40秒くらいで技あり。
 その後、15~20秒後くらいに、もう一度ヒザを入れ、一本。

 決勝は、予想と違い、S選手を延長で手数で下してきた、若い、16歳の選手。
 出会い頭に上段を出し、その後、ローが入ったら一気に崩れたので、ロー主体に攻めました。
 バランスを崩しまくって、倒れないか、と思っていたのですが、ねばり…ラスト30秒になって、相手が必死に手数で食らいついてきました。
 僕は、手数応戦しつつ、ロー攻め。 
 最後10秒は、実は、手数負けしていたと思います。
 若干、印象が悪かったと思います。
 まさか、あそこまで攻められ、ダウンしてもおかしくないところから、上がってくるとは。
 …という油断もあったと思うし、手数も出し切れたというわけではなく、相手のほうが(最後だけですが)勝っていたと思います。
 3-0と差をつけられず、判定勝ち。
 
 相手はよいファイトだったと思います。
 あそこまで崩しておいて、倒せなかったのは僕の不足だし、最後のラッシュを手数負けしていたのは、僕の甘さです。
 
 勝ちはしましたが、自分の中では「よくない試合」なので、これを糧にがんばりたいです。

 今日、元?生徒の方が応援に来てくれました。
 自分がボーッとしていたら、声をかけてくれて、まさか、というかんじでびっくりでとてもうれしかったです。
 すごく、モチベーションに影響して、感謝しています。
 がんばれた、とは思います。
 (ラスト15~10秒のパフォーマンスの悪さは僕の不足です)
 元気そうだったし、それもよかったです。
 
 終わった後、ご飯をたべて、色々お話していました。
 色々女性ならではの感想や、知らなかったその人のことなど聞けて、(自分はちょっと色々思うとこあり、ここ半年ほどまともに誰かとお茶、自分や相手のこと詳しく話しなどしていなかったので)すごくひさしぶりでした。(会話がw)

 ありがとうございました。

 他も、ありがとうございました。

2012年9月2日日曜日

9/17,9/30,10/7 試合 (7の時間変更)

■全日本総合空手道選手権大会2012(FSA他)
2012年9月17日(月・祝) 開会式 午前10時00分
国立代々木競技場 第2体育館
フルコンタクト 一般男子上級 軽量級 
http://www.karate.gr.jp/

■第7回全日本クラス別空手道選手権大会
9月30日(日) 10時試合開始
川崎市体育館
一般クラス・軽量級
http://yuushikai.jp/

■第4回極真CUP全日本空手道選手権大会
2012年10月7日(日) 13~14時くらいから
国立代々木競技場第二体育館
一般男子 軽量級
http://kyokushin-sakamoto.com/

がんばります!!!

※遠藤 (紘 / 史)名義で出ています


2012年7月23日月曜日

優勝できました…が

全北海道優勝できました。

■よかったところ
精神的に何かに頼らず(頼りすぎず)立つことができた
その結果すごいきょどってたけど、そういう人なんでしょう

■悪かった(まだまだ)なところ
中段以上のヒザ以外の蹴りが、先生に蹴れたら蹴っていけと言われたにも思いきりがよくない
自信かもしれないし、バランスかもしれない

緒戦は、シード

二回戦は勢いのあるパンチとローで勝ちあがってきた人
勢いと多少威力はあったが、組んでみてなんかいけそうな気がしてしまった
※悪い所
いけそうとか思うとセーブしてしまう
どんな人にも全力で!
決めきれず、相手がまわって、空いた所に入れていく
単発気味
ラスト30~あたりから、延長は嫌だと思い(思いあがってる…)エンジンを上げる
効かせ手数、最後2、3秒の所で上段ヒザが入り、技あり
技あり判定勝ち

準決勝
当日知ったのだが、白蓮の全日本で準優勝してる…
でも今日は関係ないと思ってた。
前々からトーナメント表も見ず
出る人はみんな強い

すっごいパンチで押してきた
前に出るゴリ押し?
でもとにかく押しまくってきてやりにくい
序盤、上段を何本か出せたのは、まあそれなりにOK
上段ヒザを出そうとして押しっぱなしの腕ではばまれる
中段ヒザもそこまで手ごたえないので、下突き連打などで攻める


旗二本あがったけど、延長


ミドルをミドルで返せたり、(一回くらいだけど)これも、まあ少しだけだけどOK
だが、相手の押しや抱えに「イラ」ついて、場外になりそうになったとき、こちらも押して抱えて相撲のように逆に体性を入れ替えたのは「(セコンドの後輩からも)よくなかった」
先生からも「遠藤落ち着け!」


前に出て、時々上段ヒザして、ここぞと相手の腹が空いた時は下突き連打
最後は、ほぼ手打ちだけれど、手数アピールをして
なんとか判定で勝てました。
4-1か、5-0




決勝
4年くらい前に一度J/K/J/O全日本でやったことがあり、延長で負けている、主催団体のエースでJ/K/J/Oの今のとこの北海道代表(?)
大会の開会式のころから、挨拶などしてきてくれ、いい人そうだったのだが、僕が相変わらずの試合前マイペース?というか愛想悪さ…


軸が ブレない、身体の強い人
ショートのパンチとインロー、時々まわるステップ
最初パンチや、ヒザもいれてきて、セコンドとかいわく、前半はちょっと「あれ!?」ってかんじだったそう
こっちも前に出てヒザ入れるしかなくて(少し入った)、下突き、ヒザ
時々ローもだが、あまり出す余裕もなかった
上段ヒザも、ときどき
だけど、これはすべて見切られ?かわされてたかんじ
後半、手数前に出てたたみかけるつもりで、ラッシュのお互い応戦で、ラスト10は僕のほうか…?というかんじで


判定2-0でこちらかで、延長


先生が「腹!」と言っていたし、僕も腹が入っていて、若干ひいてきていたのはわかった
それでもまだ勢いがあるので、ヒザ下突きを負けないように手数と効かせで
相変わらず上段ヒザ入らず


ラスト30くらいで、相手が下がってきて、手数も若干減り、腹が効いて?きたような気もした
これはいけるか と思い


判定2-1でこちら?で、再延長


これは予想外だったが、ここはアウェイで相手は主催のエース
しかし、相手の腹がはいり、ペースも落ちてたのはつかんでいたので
あとは自分とのやりとりも


こちらも多少~はゆっくりペースになったかもだが、しっかりと腹を効かせに
相手は威力が弱まり、ペースも落ちてきた
もうこのままいくしかない
疲れた?俺?でもいくんだよ??
「遠藤そのままいけ!」と先生
このまま行き続けろ
途中、互いにペースが落ちた中盤もあったけど、最後はラッシュでこっちが押したつもり

これでどうだ
4-1で勝ち




今回は、僕は僕一人で戦ったなという感がありました
いや、セコンドとか、仲間とかそういう意味ではなく、今までが「何かに頼ろうとしていた」ということです
もうあまり気にしなかった
そうするとけっこう不安だけど、それでもいけばいいと思う


これを気づけたのが、マル
でも、全然まだまだでスマートでもなんでもないので、この乱戦から、もっと上のスタイルを出せるように


決勝の相手とは、ビデオの撮り手がうまくなくて、あまりうつっていなかったのだが、僕の心の中と、あとあまりうぬぼれないよう、それでいいのかもしれないと思った。
その選手には、あいさつにいって「ここ最近ないくらい苦しい戦いでした」と相手が言ってきた
本当にそうですね、「またよろしくお願いします」とお互いにいって「すごい楽しかったです」(僕)


彼は確か、僕の年齢の前後のはず




もう一つ、ツイッターにも書いたけど、僕の一個上の後輩が、仕事の都合で最後かもしれない試合だった(中量級)(僕は軽量級)
僕の試合の直後で、彼の試合があり、彼らしい、堅実に着実に効かせ折れず前に出るとてもよい試合だったと思った
「がんばったね、いい試合だったね」と抱きしめた後、泣きそうになったけど、それでもいいんじゃない


他にもあったけど




優勝はしたけれど、全然まだまだで、今年初だし、全然なのはわかっている
でも絶対心の無意識でうぬぼれる


なので、近いうち、機会がもしあれば、某所へ行って、僕より全然すごい人たちと、組み手やスパーなどしたい、できたらな、と思ってます






減量終わって、すごい食べたい!?と思ったけど、北海道ではたくさん帰りに選手3人で食べたけど、今はもしかして、そこまででもないのかも
明日は半日何も考えず食いながらゴロゴロボーッとしてようかと思ったけど、実は水泳とかしたほうが疲れがとれたり(アクティブレスト)するのではとも思い、行くのかなあ
わからない




でもお疲れでした


ありがとうございました

2012年7月19日木曜日

日曜は北海道大会

稽古あがりました。
7/22(日)は北海道で試合です。
第14回チャレンジカラテトーナメント
フルコンタクトカラテ部門 一般上級軽量級 (紘/史 名義)
きたえ~る メインアリーナ
9:30開会式
http://karate-jkjo.jp/jkjo_official_info/v6-pdf/120722-challenge-yoko.pdf
http://masurao-karate.com/

前日の夜に入ります。
選手3人で飛行機で行きます。

がんばります!

2012年7月1日日曜日

二回戦負け

初戦は、東北の結構強いジュニア上がりの若手
調べていて、白蓮東北などで入賞していました
というか、一度やったことあったらしいです
ああ、前勢いある若手で、選手宣誓してて、体重判定で勝ちました

パンチが結構強い
…あまりちょっと思い出せないのだが、こっちはどちらかステップで応戦してた
本戦引き分け(ビデオ見返していたら2-0で相手にあがっていて危なかった)

延長ローが効き出した(以前もそうだった)
後半ロー狙って、前に出れて、確か5-0勝ち

二回戦は、後で聞いたのだが、去年やったらしい…
しかも決勝で効かせて一本勝ち…

血脈ばくばくいってたので、落ち着いて打ち合おうと
パンチ出してくるが、結構強めだったので、受けて、こちらもパンチで
敗因は、前に出なかったことと、蹴りを使えなかったことか…?
最後まで二人ともパンチメインで打ちあって、引き分けかと思ってたら、3-0で負け


去年の自分の「強さ(なぜ)」はわかってる、今のこの様も
取り返すつもりもなく、そうでなくても、代わる「強さ」を見つけるしかない
練習して、日々も生きて、もがいて 暗いトンネルの中を行くようだが、行くしかないんだよ

大山総裁は言っていて
「金を失うのは小、信を失うのは大、覇気を失うのは死」
とね

2012年6月28日木曜日

7/1(日)拳成会関東実戦出ます

http://www.kenseikai.org/


第13回 関東実戦空手道選手権大会
平成24年7月1日(日)開催 (おそらく試合は正午以降)
於:川崎市とどろきアリーナ メインアリーナ
一般男子上級 無差別 (紘/史 名義)

出ます。

一回戦からいきなり名のある選手です。
二回戦はもっと強い、かなり強いです。
三回戦は調べてませんが強いでしょう。
四回戦(決勝)、はとても強いと思います。

がんばります!^^

2012年6月18日月曜日

フルコン空手界のエリート化


 思いついたので書きます。
 去年、僕がだいたい最後に戦った相手はほとんどが10代か高校生でした。
 優勝した時でも、決勝の相手だったり、他でもほとんどがです。
 
 で、今年3回連続高校生に負けています^^;
 
 これは…。
 
 4,5年前からうすうす傾向があったのですが、ようするに、ジュニアから上がってきた選手が、大人相手に戦えるようになってきて、あがってきたということです。

 だいたい15年かそれ以上くらい前からだと思うのですが、ジュニアの大会が充実してきて、やたら多くなりました。
 大人の大会と同じか、10年前くらいからは、それ以上に。

 幼年の部から何十人規模でトーナメントが組まれ、小学校男子の部は、大人より苛烈です。

 僕は10年前からはじめましたが、そのころは、まだジュニアからあがってくる選手がそれほど多くはありませんでした。
 いても、少数か、中学校の時に部活でいなくなったり、だんだんいなくなったりです。
 
 だから、選手のほとんどは、大人(10代後半~20代)からはじめた人たちでした。
 そういうかんじでした。
 
 ジュニアからあがってきても「打たれ弱い」「倒せる力がない」などのかんじでした。
 
 ところが…。

 おそらく、フルコン空手界全般の努力の賜物だと思いますが、たとえば新極真では「ユース」制度を作り、ジュニアの成績がいい子を優遇して合宿に参加させたりしました。
 JKJOなど他でも、だんだん部活よりも空手、になっていったり、道すじが少しづつですが整えられてきました。 
 
 たとえば、野球で、20代前半からはじめてプロを目指す、という人がいるでしょうか?
 柔道で社会人になってから全日本を目指す、という人はどれほどいるでしょうか(これはいるかもしれませんが、以前のフルコンよりは少数だと思います)
 
 それと同じになりつつあるというわけです。
 おそらく、キックボクシングもそうです。
 キックも、僕がはじめたころは、社会人が仕事の合間にはじめてチャンプになってゆく、というのがあって、ある種「夢」がありました。
 ですが、今はK-1甲子園の常連が軒並み各団体の(主に軽量級の)王者になってる状況です。
 その甲子園の子たちは、もともとがフルコンあがり(たぶんほとんどそうです)の子たちで、フルコンと変わらず、ようするに小さいころからやっている子たちです。

 今、正直、「一般初級(中級)の部」というのは、中学生、高校生の部よりレベルが低いでしょう。
 
 彼らは、小学校の時から(下手すると幼稚園から)、年に5回~(強い子は)10回以上(うちの道場はだいたいそうです)も試合に出ています。
 ようするに、高校生になって一般上級にあがってきた時は、キャリアがすでに10年とかあるわけです。
 しかも年間10回以上の大会(勝ち上がる子は年50戦くらい)に出て。

 これに、年3回くらいしか出ない、大人になってからはじめた選手が勝てるでしょうか?
 とても身体能力が高かったり、他のスポーツで強かった、というのでなければ、正直けっこうきびしいものがあると思います。

 フルコン空手界に「ジュニアエリート化」の波がきているのだと思います。
 そして、おそらくは、もっと進んで、止まらない。
 全日本で勝ち上がるためには、子どものころからやってないときびしい、という状況が当たり前になるでしょう。

 これはレンタル空手家にとってもきびしい^^;

 僕は10年前にはじめ、7年前に指導をはじめて、当初から続いてがんばって選手になっている子は中学生になってきています。
 
 僕はもともと素質がないので(本当にひどいです)、ですがやる気はあったので、一般選手としては異例の年10回ペースをこなしてきました。
 子どものトップよりは少し少ないけど、だいたいの試合にはいる、といったかんじです。
 新人戦のころからです。
 最高は年13回でしたか。
 去年もいまだに(素手素足の上級になっても)9回はやってます。
 まあおそらく、ジュニアあがりでも、一般になれば年4回くらいに落ち着くものです。
 まあ素質がないので、試合、練習数でこなしていくしかない、というかんじです(表向きには、です。本当は試合ジャンキーだからです^^;;;;)

 で、どうしてレンタル空手家にとってきびしいかというと…
 レンタル空手家は、成人になってのひきこもりがちの人や、対人が苦手な人に向けて行っているものです。
 「格闘技は年齢とか関係ない!!」とかうたいたいところを
 「やっぱりジュニアのころから、親やまわりに支援されながら、コツコツ積み上げていったやつらが強いです」となったら、NGなんですよ!!^^;;;
 NGとは言わないまでも「現実と同じ」じゃないですかw
 
 まあいいんですけど、フルコンのレベルが上がらないと、より一般化もしませんしね。
 ただ、「格闘技も野球やサッカーみたいに小さいころからがんばらないと一流にはなれません。大人は休日に楽しむか、応援してね!」となったら、嫌なんですよ!!!wwwww

 そういうジュニアとか、倒したいじゃないですかwww
 
 というわけで、ようするに、これからジュニアあがりの波が来ますが、大人としてがんばります、ということです。
 
 「まだサポーターつけてればいいんじゃないの??」
 というかんじになりたいですね!笑
 
 がんばります。  

三位でした

嫌ですけど書きます^^;;

緒戦は、シードで無し。

二回戦は、反則勝ちで上がってきた地元緑帯で、前戦見てると、パンチ主体のオーソドックスな人でした。
とりあえず、接近して、開始15秒くらいで上段ヒザ入りました。

倒れて、審判が「大丈夫か?」「はい」、というのですが、目がうつろでフラっていて、僕が主審なら止めてました。
ですが、しょうがないので、再開になって、2秒くらいにもう一度上段ヒザ。
倒れました。

一本。


で、準決勝ですが、白蓮の全関東の王者でした。
それも先週!
高校生。
さすがジュニア。

勢いが絶対あるのであなどれない、決勝の相手は、去年の決勝の相手だったので、この準決勝が決勝だな、と思いました。

ステップを使って、的確にしっかりと突き、蹴り込んでいくタイプ。

前の試合も合わせ一本で倒していました。

とにかくやりにくい。
右構えでも、左構えでも対応でき(切り替えてくる)、ステップも今までやったステップ系の選手の中でトップクラスだと思いました。
絶妙な距離なんですよ、自分の間合いをとるのが。
で、しっかり相手を見て、一発一発、それほど効くわけではないのですが、しっかり打って蹴ってくる。
単発なんですけどね。

最初は、ずっと追っかけて潰してパンチヒザローいれようとしてたのですが、全然入らない。
で、中盤あたりで僕が切り替えちゃったんですね。
「このまま、僕が追っていたら、僕のほうが疲れて「損」じゃないか?自分もしっかり(相手みたいに)入れないとまずいんじゃないか?」
この時点で負けが決定したと思います。

もちろん彼の的確さ、威力もあったのですが。

で、なんとなく、手数で勝っていたのに、僕が切り替えたことで、相手の的確さのほうが上回ってしまい、判定負け。
引き分けになるかと思って、判定待つ間戦略考えていたのですが、3-0で負けました。


ほんとうになめていたと思いますね。

練習やりなおしです。

体力に完全に自信があれば、がむしゃらで突っ走れたとも思うのです。
体力>精神力 です。

なので、ジュニアの選手クラスに混じってやりなおします。

がんばります!

二週間後は拳成会です。
これもがんばります!

2012年6月15日金曜日

6/17 J/K/J/O全四国出ます

J/K/J/Oの全四国出ます。
土曜の朝早く子どもたちと新幹線で四国高松に向かい、子どもは練習したり、その後ちょっと観光したりして、翌朝試合になります。
がんばります。

http://www10.ocn.ne.jp/~ryushin/

第4回J/K/J/O全四国空手道選手権大会
6月17日(日)
香川県善通寺市民体育館メインアリーナ
一般男子無差別上級の部 (「一」ではありません「紘/史」です)

よろしくお願いします。
がんばります。

2012年5月16日水曜日

Aさんのこと

某精神科のクリニックで、空手を教えている。

その中に、今年に入ってから加わった、Aさん(仮で、イニシャルですらありません)というメンバーがいる。

Aさんは、最初は力を入れることもできず、パンチも本当にぶらっと手を前に出すだけだった。
足も。

もどかしそうに、すぐに息を切らせながら苦しそうに何度も打つのだが。

最初は、よくある、体力の無い人かと思った。
たくさんいるのだ。

Aさんも、深刻な依存症からの治療のため入ってきていて、やせていて、皆にからかわれていた。

ただ、やる気はあるので、僕は「がんばってね」と思っていた。

二ヶ月ほどたって、躁転したのか、パンチに力が入るようになってきた。
ただ、ラッシュしかすることを知らず、ただ闇雲に。

フルコンタクト空手なので、顔面への手による攻撃は無いのだが、ボクシングのようにあてようとしてくる。
おそらくコントロールができないのだ(もしくはとてもしにくい)

がんばっていて、コンビネーションなども本当につたないながらチャレンジしているので(むずかしいものも)審査を受けさせて、がんばりを評価して級をあげた。

1ヶ月ほど前、なかなか顔面にパンチや、金的へ蹴りをしてしまうのがなおらないので「A!」と怒鳴って注意した。
ライトスパーリングで、もろに顔面に当てたからだ。

空手の約束稽古で、顔へ来ない練習の時に、いきなり顔で、しかも当ててくれば、相手はびっくりで、下手をするとケガをしてしまう。
さすがにきびしくしたほうがいいと思った。
彼はものすごく恐縮して、僕に、すみません、すみません、と言った。
相手に謝りなさい、と僕は言った。

皆も苦笑だった。
笑うのはやめさせた。

コンビネーションをおぼえようとする時も、(以前はもっと、皆)笑っていた。
そういうことだけは、生徒が年上だろうが、なんだろうが、僕はかなりきびしく注意した。
その時にも周りにも言った。

「Aさん、Aさんはもう白帯(無級)じゃないのだから、白帯の人には、教えてあげながら、やさしく相手をしてあげなければいけないのだよ。そのために、それができると思って、級をあげたんだ」

Aさんは、前々回くらいから、初心者相手には、すごく教えてあげようとしていた。
間違っていたけど。
相手も通じてるかわからないけど。
まわりは半笑いのかんじで見ていた。

僕はいいと思っていた。
彼がいることで、場もなごむ。
なにより、がんばっていることは皆にも伝わるので、そういう人がいてもまったくいいと。
(スタッフは、色々禁止させたりさせようとしてたが、僕は止めた)

今日、空手は2回目くらいの人とライトスパーの時に、腹を効かせて後ろに転がり倒してしまった。
あいにく、皆でいっせいにやっていて、僕も目をつけていられなかった。

僕は言った。
「帯(リストバンド)を一時預かります。保留にします」
Aさんはとても悲しそうな顔をした。
すみませんすみません、と言った。
「僕に言うのですか?」
やっと相手に謝った。

「Aさんには、本当に強くなってほしい」
もう怒鳴るのはやめて、落ち着いて言った。
「反則をしてしまったり、加減をできないということは、強いということではなく、下手なのです。上手くなってほしい。上手くなるということは、相手を傷つけすぎないことだし、自分も傷つけられすぎないということです。
ゆっくりでいいので、相手をいたわり、自分を守れるようになってほしい。
僕が、オレンジ帯(バンド)らしくなったかな、と判断したら、返します。
それまで、預かります」

Aさんは、土曜日のボクシングのクラスでも、講師にレッドカードを出されてしまっていたそうだ。

「僕も、以前、試合で何度も顔面の反則をやりました。実は、相手の歯を折ったこともあります。当然、負けです。試合では勝っていても、負けなのです。当たり前です。ルールというのは、相手と自分への思いやりなのです。
上手くなってください」

今日は、ガチのスパーリングで、同じくらいの年齢の人と、対戦させた。
最後にローを効かされていて、判定では負けだったが、手数は上で、がんばっていた。

帰る時に、「帯は(もう、今)返してもらえるんですか」
と言ってきた。

彼は、依存症の後遺症か、今の薬の副作用で、正直おぼえていられないのだ。
「なんで帯が保留になったか、おぼえていますか?」

「いえ、おぼえていられないのです」

「どうして、保留になったと思いますか?」

「…反則をしたからです」

「反則が少なくなって、オレンジ帯らしくなったと僕が判断したら、お返しします。でも今日の試合はとてもよかったですよ。こりずに、強くなりましょう、また来週来てくださいね」

彼は、面倒な生徒だろうか?
目を離せず、空気もよめず自分の動きもコントロールできず、言ったことはすぐに忘れてしまう。

僕は、彼が、他の生徒たちにとって「やさしさ」を教えるためにとても大事だと思っています。

彼とスパーリングする時、彼のミットを持つ時、彼と型を練習する時、自分が気をつけてあげないと、彼は反則もしかねません。
声をかけたり、力をぬいてコントロールすると、Aさんも反応できるようになります。
彼はがんばっているだけでなく、不器用なことで、まわりは「彼とスパーリングする時に自分が見につけておきたいこと」「このように声をかけたり、接してあげれば、冷静になりやすく、反則もしないこと」
をおぼえていくのです。
それも、強さ、なのです。

彼も、強く(やさしく)なってほしい。
皆も、やさしく(強く)なってほしい。

いつか、彼も卒業するでしょう。
その時に、思っていてほしいと思います。
必要のない人間はいないということを。

誰だって、そうだと思います。

ここ数日

ちょっとここ数日、地に足がついていなかった。

数日前に、友達が死んで(自殺)いたことを知った。
正確には、1年前のその日が命日で、共通の知り合いがそのことを言うまで知らなかった。

(彼は)2年くらい前に実家に帰っていて、遠かった。
だけど1年前の僕、1年間の僕は、彼のことなど完全に頭になく、自分のためだけに生きてきた。

これからもそうするつもりだ。

だけど知らないうちシャットしていた。

まったく別の件で、そのさらに数日前、若い友達と話してた。

「遠藤さんは、なんで活動やっているんですか?」

「(もうほとんど動いていないけど)今はほとんどやっていなくて、とくにこの1年、自分のこと、自分のために生きることにしようとしていたんだよ」

「どうしてですか?」

その人も、彼の分野で活動していた。

「だけど、以前の活動は『自分がやらなきゃ、誰がいったいやる?』というかんじで動いていたんだよ。けど、色々な出会いがあって… 

僕は自分に自信がなかったんだと思う。
だから、その活動をすることで、自分の”アイデンテイティ”のようなものを、そこに置こうとしていたんだよ。
僕は、その活動で、ミッションで、それが生きる意味。
だけど、そうじゃなかった。
僕は、誰かと本当に相対する時、一人の人間で、愛されたくて、自分の思いに従って、生きていきたい、人だと思ったんだよ」

「僕も、自分がそうかもしれないと思っています」

友達が死んでも、人生は続く。
僕は僕のために生きていきたい。

だけど…

僕が自分らしく生きることと、あなたと共に生きることが重なりあえないでしょうか。

ずっと、ずっと、ずっとそのことを考え続けてきている。


取材で、ある人と話していた。

「制度に保証されなくても、自分とその人が、関係を作ることに合意しあって…相手を疑うかもしれない、自分がわかってもらえないと思うかもしれない。
でも、そこで『一緒に生きていくんだ』と誓いあったよねと、振り返って、相手を信じること。

それまでに、二人の間で、築こうとしている関係はどういうものか、どんなふうな関係にしていきたいのか、確認しあって、話し合って。たがいにわかったり、わからなかったり、そんな関係づくりを続けていこうと、二人で誓いあうんだよ。

それが、結婚式」

(相当、僕の現時点での大意で書いています)


2012年4月22日日曜日

【取材募集】「発達障害」の方の恋愛について


 話を聞かせていただきたい方は…
 
 ■発達障害(ADHD、アスペルガー/高機能自閉… と診断された人、自己認知している人)当事者で、
 現在恋愛相手と付き合っている方、また同棲や結婚、パートナーシップを組んで生活している方。
 今は付き合っていなくても、過去発達障害を相手にカムアウトし、互いに理解しあいながら付き合ってきた方。
 (相手は当事者の方でも、そうでなくてもどちらでも)

 ■自分は発達障害当事者ではないが、
 現在発達障害当事者の恋愛相手とパートナーシップを組んで生活している方。

 (東京近郊に住んでいらっしゃる方)(経費がないので、とりあえず)


 ●知りたい・聞きたい
 ・計画を立てにくく進めにくいパートナーをどこまで「支える」か
 ・衝動的に感情を出してしまわないための「怒る前の振り返り」?
 ・相手の感情優先にならないための二人の工夫・約束ごと?
 ・相手の状況、考えていることを想像するために少しづつ二人でトレーニングしていること?
 ・遠まわしな言葉や比喩を使わないのでこんなわかりやすい会話がデフォルト!
 ・伝えにくい感情を数値でパロメーター化?…
 etc.

 …

 僕はおそらく、ADHDか、ADDです。
 少なくともその傾向が多くあります。
 診断は受けていませんが。
 自分チェックや、思い当たること、日常や人間関係の影響で感じることが多すぎます。
 
 今も、料理のため人参を取り出して、まな板を用意する間に一本どっかにやってしまいました^^;
 いまだに見つからず、そのまま料理を作りました。

 基本的に自分のペース重視で、感情が先立ち、相手の気持ちをおそらく多くの人より落ち着いて考えるのが遅い、もしくはどこかにやってしまいます。
 誰かと何かを一緒にやろうとする時、何度も何度もトラブりました。

 基本的に相手のほうが待って、合わせてくれるのですが、知らない間にガマンさせていたり、後になっても僕が気持ちを聞き取ろうとしなかったり…合わせてくれない相手とは、すぐに感情をぶつけあったり、「もういいよ」となりがちです。

 もう嫌です。

 こういう傾向で、仲良くなりたい人、大事な人たちを離してしまうのは。

 ここしばらく、自分の「行動/考え方のクセ」を見直してメモったり、考え方や行動しようとすることへの自問自答や、失敗でウツになりがちなので「できたこと」「よかったこと」は記録したり、自分自身の「形」を少しでも知って、良いところは良いと、苦しかったり不自然な所は出来る範囲からで気にとめておこうとしたりしてます。
 余裕のある時は。
 (それでもよく自分を責めますw)

  
 で、上記のことは続けたいのですが、それとは別に、他の「発達障害」と呼ばれたり傾向を自認している人たち、そして彼ら彼女らのまわりにいる人たちは、どう気をつけたり、相手に関わったり、関係を進めもっとよく続けていく上での工夫をしていたりする(?)のかなと、知りたいと思いました。
 
 自分のために。

 人間関係で、濃く、自分たちどうしで選びあった自覚があり、困難があっても続けていきたいものに「恋愛」(もしくは夫婦制度を含むパートナー生活)があると思います。

 自分が非常に苦手であることも含めて、皆さん、どう恋愛関係を作り続けているのか、ぜひ、話を聞かせていただいて、知りたい!


 僕は雑誌を中心とするライターで、記事タイトルに「取材募集」とありますが、媒体などはまったく決まっていませんし、完全にこのテーマのまま企画を持っていくかどうかもまだわかりません。
 話をするうちに少し変わっていくかもしれませんし、取材といっても、基本的には当事者としての自分が勉強したいということです。
 ただ、もし雑誌(アエラ他など)に載せるというか、自分たちを知ってほしいよ、という人はとくに歓迎です。

 匿名可(本名のほうが書く場合は助かりますが)、顔写真無し(万が一必要な場合があればOKの人の中から打診します)。
 もしもどこかに載せる場合は、そのつど必ず事前に連絡し、内容の確認協力をしてもらいます。
 
 取材費は出せません。(すみません)

 …

 遠藤一(えんどう・はじめ)自己紹介はこちら
 /最近書いたネット上の記事  1   2  (取材を考えて頂ける方で興味があり、その旨お伝えいただければ週刊誌の長めの記事もPDFにて送らせていただきます)
 (4/23(月)発売の「AERA」(GW合併号)に「私はバリアフリー婚」というカラー1Pの記事も書いています)

 ●mail: forfuture1979[at]gmail.com ([at→@])(申し込みはこちらのメールまでお願いいたします)
 ●skype:foruture1979
 ●tw:@endohajime
 ●fb:forfuture1979
 ●mixi:20406
 










 よろしくお願いできればと思います。

2012年4月8日日曜日

新極全関東三位

三位でした。
 くやしかったのですが、時間がたち落ち着くと「そうか」とも思います。

 一回戦は、城南の茶帯。
 肩パンチと内ローをよく出していたかな?
 飛びヒザを何度も出していきました。
 大技(僕にしては)も出したり出そうとしたり。
 一回ヒザで相手が転んだんですけど取られませんでした。
 ローも腹も少し、きいたかな?というかんじで本戦5-0

 二回戦は、京都の黒帯。
 前の試合見てたのでわかってたのですが、つかみ、押しを使ってきて前に出る。
 もろにつかんでヒザを2,3度やられました。
 後半からもみ合い、というか手を押さえたりして前に出ようとする。
 でもヒザを入れると「ウッ」というので「効くかな~」と思っていました。
 でも本戦2-0くらいの引き分け。
 
 延長で相手がけっこうつかんで押してくるだけになってきたかなあというかんじだったので、圧力に負けてはいけない!と、押してくるミットに撃ち込むように意識して腰を据えてこちらもヒザ中心に前に出ようとしていきました。
 たしか5-0で勝ち。

 最後に負けずにしっかり撃ち込んだのがよかったと同僚に言われました。

 三回戦はトーナメント端っこの黒帯。
 まわるようにパンチローと打ち込んできましたが、パンチが若干ばらついて「打ち込めばいい」というかんじかな?と思いましたが、手を休めずしっかり撃っていました。
 自分は効かせようとローからヒザ、下突きも。
 なんとなく有利かな、というままラスト30秒でこちらがペースをあげて効かしに行くと、相手のペースがやんで下がり気味になったのでいけるかなーとラッシュしました。
 これも4-0か5-0で勝ち。

 準決勝は若い和歌山の選手でした。
 前の試合で勝気で鋭く手数の多いパンチでどんどん来ることはわかっていました。
 とにかく胸にまとめていれてこようとするパンチ。
 鋭い(重かったり痛かったりではない)。
 相手のペースに合わせてしまうとまずいなあと思い、途中から僕は僕のペースでコツコツしっかり効かせにいくことにしました。
 ローがよく入りました。
 1分過ぎたころから、相手が、休んでは、まとめてくる→休んでは、まとめて…とするようになったので、よりペースに惑わされないように、と思いました。
 最後のラッシュも、互角くらいかなあ…。
 0-1で引き分け。
 
 延長は、最初相手が動きが遅くなったような気がしました。
 なので、けっこう最初からまとめていこうと思いました。
 最初は、手数勝っていたと思います。
 ただ、相手も胸パンチが必死だったり、こちらも余裕がなくなってきたりローがほとんど出せなかった。
 後半、なんとなく相手ががんばり出して、最後30秒、まとめようとしてきました。
 こちらも、応じようとするのですが、力が入りづらい!!
 最後数秒で、相手が走って飛び込んでくるような勢いを見せ、ちょっと印象が悪かったかなあ…?
 0-4か、0-5で相手にあがってしまいました。

 飛びヒザを、何本か出し、けっこう当たっていたのですが、唇を切らせながらも、勢いが止まらず、気合がすごい!気持ちが相手のほうがあったかなあ!と思いました。
 先生も、そう言っていました。

 がんばりたい!!!!

 きっと日常のがんばりも、試合に出るはず…。
 なので空手ー生活ー空手ー生活ー…のサイクル、循環を、より一層大事だと思ってがんばりたいと思います。

 新極さんの大会で入賞は、はじめてだったので、ありなところは、あり!
 おめでとう、しかし、がんばれ!!
 と。

 

 --

 前回の千葉グランプリを書いていませんでしたが、準優勝でした。
 一回戦はローで効かせて、二回戦は腹。
 準決勝は、去年の準決勝と同じ元高校生チャンプで、腹を前より効かせられました。
 決勝は、J/K/J/Oで3位入賞したこともある若い子で、安定した土台からの押すような胸突きに、おそらく印象よくなく、負けました。(実際に思うより下がっていてしまっていました)

 …なかんじ。

2012年4月7日土曜日

2012年1月27日金曜日

生きなおしたい

1、偏見をへらしたい

僕はすごく偏見持ちというか、思い込み屋というか
型にはめて、差別者です。
少なくとも、攻撃的な部分には、そういう所があります。

だけどそれでは、あまりに自分を狭めてしまう。
怒りを出すというのは、必要なことだったけど…。
これからも、きっといるだろうけど。

ライフリンク、育て上げネット、もやい…
彼らをはじめとする、若者、メンタル「支援」と言われる人たち。
僕は彼らを嫌いだ。
理由は僕という「当事者」が本当に求めるものを無視するばかりか、その大事なものを萎えさせるような動きをするからだ。
それは「一人の人間としての尊厳、勇気、自発性」だ。

だけれど…もしかして学べる所もあるかもしれない。
学べなくても、実際に知るのは、現実を知ったり反面教師にいいかもしれない(そんなものを求めてはいないが)
僕のまわりで、聞こえてきすぎる。

そういったもの、同じフィールドにありながら道も方法も目的さえ違うかもしれないものこと人たちに対して、頭ごなしに、見ず、怒るのをやめたい。

-------

本当は、すべて捨てて(置いといて)、東京から離れるつもりでいた。

生き方に、どうにもならないと思ったから。
人間性にも、仕事にも。
一からやり直せる所へ行こうと思った。
すべてから離れて…。

-------

2、このままでは終わりたくない

レンタル空手家をこのまま終わらしたくないと思った。

子供空手には、様々な子供が来る。
送り迎えしにくい(けど自信つけさせたいので試合に出れるほど練習をしたい・本人も)シングルマザーの子供。
発達障害で同じように教えられないけど、(皆一緒とは違う)教え方をすれば同レベルに伸びる子供。
視野狭窄で頭部へのショックやまわし蹴りが見えないので危ないけど続けたい子。

結局、彼らのニーズにこたえる方法が、今の道場システムだと無い。
少なくとも、僕のクラスや、僕のまわりの空手では。

「つよくなる」(自分にフィジカルな自信を持ち、精神的にまわりに余裕を持ち優しくできる)とは、本当に強くなりたい子のためにこそ必要なのでは。

今日も、そんなシングルマザーのお母さんと、最後まで残って少し話していた。

もう、道場へ、もしこじれたら破門覚悟で、新しいシステムを交渉しに行こうか…?

きっとそれは、今までの「レンタル空手家」の延長にあるもので、金銭システムも、まったく新しい(ソーシャルな)とこから持ってこなくては、広げられないだろう。

そして、それはレンタル空手家からはじめないと、説得もできない。

だから、レンタル空手(個別ニーズ対応)の、システム(経済面)を確立させなくては、ただすべてを放っておいて行くことになるのだ。
今まで、子供空手を経済の中心に置いて、食ってきた。

-------

すべては、営業、広報が、活動の中で必要だ。
それも、要は営業だ。
確実に言える。

今まで、様々なベンチャーが、営業ができなかったり、周囲だけに頼って、広がりを見せなかったり、しぼんだり、失敗してきたことを見た。

食えないか、営業で。
ソーシャル営業で。
(ソーシャルな事業を売り込み専門)

それには自分の事業をモデルにすることが先決だけれども。

------

それでも、離れたい気持ちもある。

午後に書いた「去就」を3月半ばまでにまとめるのは、そのつもりだ。

すべて、やりなおしたい。
生きなおさないと、もう僕が僕でいられない。

去就

皇居マラソン遅れていてすみません。
今週末の試合終わったら終わらせます。
(試合:http://t.co/fsNIfmEH 極真千葉グランプリ 一般軽量上級)

3月の半ばまでに、今後の進退を決めます。
色々考えて、すべてにおいてです。

今のままでは、流されて生きてるなと思いました。
完全自活してから、どこか流されてきてる部分が増えてきました。

自分の生活、人間関係の持ち方から、仕事まで。

東京を離れることも視野にいれます。

試合は、4月頭の新極真全関東まで入れています。

今、移動中で、短くですが。
多少変わるかもしれませんが、基本的にはごまかせないことだと思ってます。


また、報告します。

2012年1月8日日曜日

終わった… 2

(写真は他に多くありますが、まだ写真NGの人の選別や、修正ができてないので未公開です。
とりあえず、ここは遠くから撮ってくれたり、モノ撮りをしてくれた、夢さんののみで。
後日、お楽しみに)


 当日、僕はまた遅刻して、主催者のくせに。
 ただ、まあ全然大丈夫なんだろうなと甘えていました。
 空手家のくせに20キロの米が重くてののやさんに迎えにきてもらった自分ありがとうございます。
 
 30分遅刻したら、もう皆さん集会所の地下についていて、作業がはじまっていました。

  

 おとといの夜、ようするに前日の夜、ギリギリで人が足りないんじゃないかと思って(連絡がつかなかったり、体調くずしたボラさんが出てきていたので)やっぱり10日前に知り合ったばかりの菅原さん(参加者さん)に深夜いきなり連絡して(体調微妙なのわかってましたが)「明日午前から来てもらえませんか?」と誘いました。
 ブログも、書いてくれていて、なんとなくわかってくれるんじゃないか的な甘えがあったからです。
 
 このイベントでは本当に色々甘えてきました。
 もう「いいや」とか思って。
 まあ、主に信頼している人や、女性に。

 結局、来てくれました。
 当日、来てくれたスタッフは
 
 コアの野口さん、今年4回目参加で、去年もコアスタッフ。
 長栄さん、当日リーダー、仕切り。
 当日朝やっと連絡が来て、集合40分前にボラ確定した、障害者格闘技選手の夢さん。
 ずっとスタッフ希望していて空手も時々一緒にやってたよつばさん
 さきほどの菅原さん。
 長栄さんのいとこさん。
 長栄さんのいとこのお友達さん。
 長栄さんの妹さん。
 当日は撮影の木村さん。
 授乳期の赤ちゃん前だっこしてくれてはるばる来てくれた、アミさん。
 (体力を考えて)昼から参加の、前回参加でもあった、これも体調崩してたけど前日無理やりスタッフに頼んだみちこさん。
 
 でした。

 

 くじを作って。
 地図をコピーして、蛍光ペンひいて。
 コアの3人で進行表見ながら最終打ち合わせして。(というかこの時にはじめて本当に詳しいことを共有したのかも)
 おにぎり炊きだして作っといて。
 そうめん汁の下ごしらえして。
 長栄さんいとこさんお二人にレンタサイクル借りてきてもらって。
 ボラさんたちにそれぞれ長栄さんが説明して。
 数人でマラソン後のすごろくの打ち合わせして。
 僕はなんか当日来る来ない人とかの連絡で(建物電波入らないので)外とか行ったり来たりしてました。

 

 

 途中で取材お誘いしたライターの池上さんが写真家の加藤さん連れでいらっしゃったりしました。

 もうなんやかんややってるうちに(もう長栄さん仕切りのののやさん補助で、僕は”なんかフラフラしてる人”)すぐに集合時間が来てしまうのです。
 
 長栄さん、菅原さん、夢さん、僕、木村さんの5人で集合場所へ。

 

 みんな地上広場にいないなあと思ったら、ビル内のスタバの椅子にすごいたくさんもうすでに集合してらっしゃいました。
 寒いからですよね。
 遅れてすみません。
 ビル外に出て、かなりすごい人だよな…50人だからな。 
 感覚もっといたような気がしたけどね。
 長栄さんが出席をとって、呼ばれてない人やドタ参の人が、チエックを入れて…45分くらいに皆で集会所へ。
 女性は地下で着替え、男性は和室のお仕置き部屋2つで着替えるのでした。
 
 長栄さんと木村さん以外は、残って、来てない人の確認電話や、待ち。
 55分までに何人かまた来て、残り3人ほどは連絡もつかないので、とりあえず戻りました。
 何かあれば僕の携帯は公開しているので(部屋の中は携帯つながりにくいですが…)

 今回、寄付があるので、参加費徴収にはとくに時間をかけて、皆すごい並んでました。
 時間かかって…13:30くらいからオリエンテーションスタートでしたね。
 ののやさんと長栄さんが、チエック。
 
 (この時点で看護婦さんがまだ来てないので、長栄さんはそっちも受け持っていてちょっとあたふたでした。でもふつーに笑顔でこなしてまじで頼もしい、というかすごい)
 長栄さんが司会をはじめて、オリエンです。
 
 
 
 二人一組のルール。
 体調悪くなった時は遠藤にかけること(電動自転車の看護士さんたちに連絡)
 ゴールテープの説明。
 俺のぐだぐだ挨拶、スタッフ紹介、池上さん紹介(取材されてるので、フェアトレード東北の説明にもなりました。)(前に寄付箱がおいてあるのですよね…)
 撮影されたくない人、取材されたくない人、OKの人たちそれぞれのフェルト目印渡し。

 

 そしてペアを決めます。
 10キロ、5キロに分かれて…。
 女性どうしがいい人にわかれて…。
 もしかしたら歩く人と、たぶん走りきれる人にわけて…。
 それぞれ、くじ。
 
 そして地図渡し。
 
 したら、トイレに行って、銭湯に出発です。
 銭湯は、いつも参加していただいてるOさんに先導してもらいました…。

 で、銭湯から広場に行く途中に、看護士さん一人到着の連絡があって、僕が迎えに。
 みんなは広場に。
 
 

 広場についたら、もう一人の看護士さん到着があって、長栄さんが迎えに
 (この間ゴールテープ忘れてののやさんが取りに行ったりもあり…)
 準備体操は、去年も参加してくれ、「それをきっかけ」に栃木で、あちこちの場所でみんなで走ろう!という栃木JOGプロジェクトを去年2回も開催した外松くんにお願い。
 引き伸ばしてもらったり、しなかったり…。
 
 

 で、看護士さんついて、記念撮影。

 看護士さん紹介。

 で、スタート。
 相変わらず例年の僕のスタート合図のやる気のなさ。


 木村さん撮影大変ですよね。(走り出す時とか)
 
 僕もとりあえずアイフォンで走りながら待ち構え。

 でもきびしいね。

 看護士さんお二人に、道々説明させてもらって、電動自転車押してもらって、長栄さん、ののやさんでペアで走り出してもらい…。
 僕も広場に戻りました。

 池上さんに取材を中途半端にしてもらいました。(けっこう早くゴールしてくるので)

 最初のトップは、2周組みのマラソンペアでした。
 で、一着は、ランフォー東北の方たち。(お話できませんでしたね…またいつか)

 その後どんどん到着していって、僕と木村さんで「ゴールの時はゆっくりとwww」などと言いながら撮らせてもらいました。
 写真NGの人もかかわらず、とりあえず。

 みんな結構ハアハアしてましたねー。
 まあそうです。

 外は寒いので、ゴールテープ持っていってもらった方から銭湯などへ。
 最後に、8キロの赤ちゃんを前だっこしながら完歩したアミさんペアがゴールして、ラスト。
 (すごすぎるだろ…)
 看護士さんたち、重い電動自転車ひいていただいてありがとうございました。
 
 集会所ついて、おにぎりおいしかったな…。
 そうめん汁も。

 

 
 
  

 参加者の人たちにも、握ってもらったり手伝ったりしてもらってました。
 じゃないと、もう、体調悪いのに、階段えんえんと往復してるみちこや、朝からずーっとエプロンして笑顔切らさず応対してるよつばが大変すぎるから!!!
 この二人…。 
 とくに、この二人、僕が思いいれあるからかもしれませんが、本当にありがとうございました。 
 走らず、集会所でご飯担当で。
 二人とも「当事者」です。
 みちこは去年後半震災で体調崩してから連絡できなかったけど、ひさしぶりに会えたらいきいきしてたし。
 よつばはレン空何回か受けてくれたり、僕がまともに応対できてなくて、でもこんなにずっとにこやかで動いてくれてるとは…。

 本当ありがとうです。
 
 おにぎり食ってる途中に、寄付先で、この米を提供してくれたフェアトレード東北のEさんが来てくれていたので、(ようするに、あっちで、利用者で、震災支援もし続け、この米も作った)挨拶、紹介してもらい、本当に、彼も正月寝たきりでいきなり動いて足をいためていたのに、来てくれて本当に感謝です。
 
 集会所の雰囲気も、例年、僕のこのイベントにありがちなように、(主催者のコミュ苦手ぶりをあらわすように)いいかんじに、気まずく、ぼそぼそあちこちでしゃべり、時どき一人になっては、またぼそぼそ…のような独特なかんじがあらわれていて素敵でした。
 
 アミちゃんの赤ちゃんが、岐阜から来た子にめちゃめちゃなついていて僕はシカトされて眼中にないのに抱っこされに行くので本当に憎かったです。
 毎年こういう、幼い子にモテるやつっているんですよね。
 去年とかも。
 あまりゆるせない。
 いいけど。
 別にいいけど。
 俺も少年部で幼稚園の子とかもってるし。
 赤ちゃんとかお母さんたちとかで慣れてるし。
 すごいよく触れ合ってるし。
 あまり気にしていません。


 いい感じに場がよどんで冷えだしたころ、そして雰囲気に耐え切れず帰りだしたり、用事の人が帰りだしたころ(残ったのは30人ちょいくらいか)

 すごろくをはじめました。
 去年もやった「聞きたいこと」を2つ各人が書いていくやつです。
 ますめに止まったら答えて、質問を受けるやつ。

 あちこちから笑い声が聞こえてきてとりあえずよかったなとか思いました。

 僕はそれ以前から、参加者さんにもらった酒を飲んでいたので、すごろくで質問に絡んだり、なんか、途中で寝てました。
 途中で、起きて帰る人にあいさつもしてました。
 なんか、寝てたので、昨日徹夜で来てくれた撮影の木村さんに席を乗っ取っていただいてました。

 で、その後、自己アピールタイム?に入ろうと思いました。
 
 参加者たちがカオスなので、いろんなやつがいるだろうから、交流のきっかけにと。

 栃木ジョグの外松君からはじまって、精神系のカミングアウトがどんどん続いてはじまって、(僕もいきなり指名したりしましたが)、去年も参加してくれた加藤さんの脳性まひと心の問題の紹介などがすごい感動しました。
 人前でさらすとかって、すごい本当に勇気がいる。

 そういえば今年は、ひきこもりのお母さんとかも来てくれてましたね。
 なんか今年やっと参加できたそうです。
 聞けばよかったかな。
 
 なんか前のほうでやたら拍手されていたので。

 で、だんだんすごいマジメな感じになってきたので、僕が(酒が残ってる)なんか雰囲気変えたくて、「プレ天下一無職会(ベータ版)」のおためしに。
 なんというか、クズ選手権、ダメなできごとカミングアウトなかんじです。

 えーと、これは完全この場でのオフレコなので、書きません。
 自分から手をあげてくれた方もいたので、うれしかったですね。
 僕が2番手くらいに言いましたが、反応が薄かったので、僕はクズレベルでも中途半端な真のダメ人間なことを思い知りました。
 
 ようするに、自分がいかにダメかをアピールさらしていって、一番素敵にクズな方を最後に皆が投票していって、1位を決めます。
 その際、(今回はプレ、なので、一人100円ずつ出していってもらって《もしくはそれ以上》)、半分は一位のお年玉、もう半分は、被災地フェアトレード東北の寄付になるというかんじです。
 クズぶりに感動して投げ銭してもらったら、みんながクズなほど、被災地が助かるというわけです。
 よかったですね。

 合計金額7000円集まっちゃいました…。 
 被災地に3500円いくわけです。

 一位は、(これフェイスブックにも書いてるからいいのかな…いちおうやめとこう)某おねえさんでした!!!
 やっぱり、女がちょっと本気だしてカムアウトすると、並のクズじゃかなわないよね…。
 だって、男は一人ひとりがクズかもしれないけど、そのクズを何人も、女性は向かい合ってたりするわけだからね…。 
 掛け算的にレベルが違うよね…。
 ガチ試合はやればやったほうがだいたい強いんだよね。

 で、一番クズなおねえさんは、「お年玉」も被災地に寄付されて(なんという前例…皆気にしないでください…)天使系クズとなりました。
 くそう。

 で、片付けして、解散。

 本当に、来てくれた人たちがいて、はじめて成り立つので(いくらスタッフががんばっても)(僕は真のクズですが)、本当に感謝です。
 続けて来てくれる人とかも。
 そんなことをちょっとしゃべって、なんか一本締めしろよと別のクズ選手に言われてしました。
 ひとりは、ひとりのために!


 終わった後、神田のクソ安い飲み屋に行って、残った当日スタッフ中心に僕のダメだしをしてもらいました。
 今回の。
 してもらいたかったので。
 Mなので。
 ドMなので。


 本当に…。
 スタッフは今回、女性ばかりで固めてしまいました。
 本当に、僕以外全員女性でした。
 (当日長栄さんつながりで来てくれた方一人をのぞけば)
 それは…詳しくは書きませんが、僕の問題が浮き彫りになってたと思います。
 
 男とかうざいし。
 ムカつくし。
 お前ら「支援」とかしたくないし。
 助けられたくないし。 
 
 きっと今後の課題になるんでしょう。
 それでも!
 男性の方たちは多く参加してくれ、全員本当に笑顔でやさしく、人間不信系クズの僕に「また来たいです」「とても楽しかった」と笑顔で去ってくれました。
 DISることも(当たり前ですよね)まったく無く。

 
 来年は…。 
 
 ねえ今言わなきゃいけないのかな。

 ただ僕だけのイベントじゃないと思ったよ。
 もう。

 僕がもうどうこう決めていいものじゃないのかもよ。
 もうそれは、いい意味で。
 本当にかつぎあげてくれて。
 本当にありがとう。
 来てくれてありがとう。
 支えてくれてありがとう。
 
 僕はいつまで、このイベントをやるのかな…?
 僕が、世界と仲直りできるまで…??
 
 それとも、その後も、俺みたいなやつがいたら、ずっと…?????


 わからない。
 ありがとう。
 
 今日もまた、詳しい報告は無しです。
 また。

 (写真 夢さん)

終わった…

終わりました。

 会場でも、振り返りでも言ったけれど、今回のイベントはとても僕一人ではできるものではありませんでした。

 今回、僕の状態はひどいものでした。

 最初から知っているコアスタッフの一部ならわかるだろうけれど…
 もう何ヶ月も前から、「もう皇居マラソンは嫌だ、今年はどうしよう、やりたくない、もうやめる」と言いつづけてきました。
 その準備も避けてきました。
 
 会場で聞いた声によると、去年が終わった時点から「いや、もうやんないから」と言っていたそうです。
 そうだったと思います。
 僕はホントにしんでました。


 「今回のイベントは、僕を助けるものにしてくれ」

 「ひきこもりを支援するどころじゃない、『僕を助けてくれ』」

 そうツイッターでつぶやいて(やけくそ気味で)、すると野口さん(ののやさん)が、それでいいんじゃない、とリプをしてくれました。 
 だけど、いったいどうすればいいっていうんだ。
 「『ひとりは、ひとりのために』ではなく、みんなは、遠藤のために、で集まってくれとでもいうのか。そのために走ってもらうなんて、いったいどうやって?どんな呼びかけ方で??」


 きっと、僕のワガママな動機でいいんじゃないかと思いました。
 誰も助けたくない、僕の思いだけを通したい。
 (だけど、そんなの、やる意味あるの…???)

 もう本当に、例年なら準備に本格的に入って進める(スポンサー探しに動いたりスタッフどうして案を出して動く時期)11月中旬に入っても、いまだぐだぐだ言っていて「いやあ、やりたいんだけど、やりたくなくて…」
 木村さんが、なんか見かねたのか、話を聞いて整理してくれたりしました。
 「僕は、もう誰も助けたくないんだ、自分の幸せのためだけに生きたいんだ。生きたい人とだけ生きたいんだ。不特定多数の多くの人を『幸せ』になんかしたくない!」

 それでもまら変わらず、相変わらずある種逃避して仕事や空手やらずっとやっていました。
 試合が終わった、12月3週目!
 やっと「もう固まってなくても、どうにかやらないと」と思って、いつもチラシを作ってくれたりする清水さんが、「今回手伝いますよ!」と言ってくれたので、色々ウェブとか、(もう僕は気力がないので)やれないもので、作る系のものを(サイト、チラシ…)をやってもらうことにしました。
 仕事が早くて、すぐに作ってくれました。

 野口さんの石鹸も、僕が言い出すのが遅くて、クリスマス明けにしか売り出せないことになっていました。
 それでも嫌な顔ひとつせず、淡々と積極的に作ってくれました。

 そ れ で も  
 乗り気がしない僕。

 木村さんに泣きついてました。
 「どうしてやらなきゃいけないんだろう、他に向き合いたいことがあるのに」

 「私は…遠藤さんがなんのためにやっているかは本当にはわからない。本当にやりたくなければ、やらないでいいと本気で思う。だけど、このイベントのために動いてくれている野口さんや清水さんにあまりにひどい。
 遠藤さんが大変なのはわかる。だけどそれを別にして、このイベントをおざなりな気持ちでほっとくのは、誰が悪いわけではないかもしれないが、許せない」
 僕はまだごちゃごちゃ言ってました。

 朝起きて、「やるしかないな」とは思いました。
 ここまで言われて、やらないわけにもいかないのかもな、と。

 メールを見ると、木村さんは、サイトの更新(細かいバージョンアップ)を淡々と進めていました。
 タスク表ができあがっていました。
 俺だけ動いてなかったんだよね。


 4週目、もうギリギリですが、ファンドにまわりました。
 マスコミに告知しました。
 頭下げる周りでした。
 「どうにか、体裁をととのえなければ。やってくれるみんなにも顔向けできない。
 例年のように、マスコミ紹介されて、今回赤字確定だからファンドでなんとかしないと、体裁が整わない。盛り上げないと、やるだけやらないと、最低は…」

 そんな気持ちで、どんどんあざとい広報をしていきました。

 「ニートが走って被災地を助ける!自分より弱い人に伴走、支援できる自分に気づこう」

 これは反発くうのも当たり前でした。
 2ちゃんでもまとめられました。
 内部からも反発きました。
 以前の僕なら、他の団体がこれやってたらキレてました。
 「これをみて、まだ渦中にいる当事者の人は、来たいとは思わないよね、下に見られてるよね。自分を本当に『弱者だ』と相当認められてる人しか来れないよね。拒絶しているよね」

 もうどうしようもない。
 じゃあどうすればいいんだ、盛り上げるために、そう言うことが、広がることだ。
 人数が、去年は100人だっただろう?
 それくらいは…。
 今年はフェアトレード東北に寄付だろう??
 集めないと…。


 ブチきれて「俺だってそんなことはわかってるんだ!がーがー言ってじゃあどうするってんだ、士気がなえるんだ!」と意見を言った人に怒鳴って電話を切りました。


 「もうどうしようもないわ…。こんなふうに、当事者であることの気持ちも忘れ、当事者であることを利用して進めるしかない自分にも嫌気もさす。でもそうするしかなくね?俺間違ってなくね??」

 ツイッターでイベントRTをしてくれていて、話しやすいアミさんに参ってぐちりました。
 たぶん、内容はどうでもいいことだったのかもしれません。
 僕がいっぱいすぎるということだけ感じてくれたのかもしれません。
 「何が大変なの?それ私やるよ」
 なんか、死んでたら、広報やってくれることになりました。


 自分の決めたことをてきぱき動くアミさん。
 僕が不機嫌ながらも指示を出し、すぐに動き、自分でも仕事を見つけファンドや広報にできる限り動いてくれる清水さん。
 会計で言い合いながらも、淡々と自分の受け持ち(参加費を下げる)をうけおい、石鹸を作って売り続ける野口さん。
 気づけばタスク表がわかりやすくなっており、ウェブサイトが誤解を招かないよう、よりわかりやすいよう、文や構成をいつのまにか直してくれている木村さん。

 
 僕は作業しては寝転がって、また作業しては寝転がって、みんなの進捗を聞いたり、進めていました。
 「やるしかないんだ」と。


 クリスマスから一週間くらい前に、「私手伝いますよー」と声をかけてくれていた、見知らぬ女性のメールをほっといて、自分勝手に「なんとか人を増やさないと、でもやること多すぎ、当日どうするの…」と考えていた自分がいました。
 年末4日前、やっと思い出して、連絡をとり、その次の日に、彼女、長栄さんにお会いして、受付、その他当日の運営をやってもらってしまうことを決めました。
 本当に明るく、テキパキ進めてくれました。
 ものおじしないで聞いてきてくれました。

 
 当日のことは、長栄さんに。
 広報は、アミさんに。
 ウェブや全体のビジョンは、木村さんに。
 当事者参加費と、会計は、ののやさんに。
 ウェブや細かい様々なこと(広報、ファンド、プレス…)、やってほしいことなど、補助は清水さんに。
 
 もう僕はどうしようもなくて、みんなの役目が決まっていました。
 ときどき「こうすればいいんじゃないの、今までこうやってきたし」
 と口出したりしましたが「いや今回はこれでいこう」と言われ、「そっか」と任せました。
 もう本当に、自分に余力がないことがわかってたからです、きっとお互いに。


 寄付で、湯島清水坂クリニックさんの二人の医師が、最低赤字分を補填できるくらいをガンといれてくれました。
 僕のまわりの、様々な友達が、声をかけてくれたり、いつのまにか、口座に振り込んでいてくれました。

 某忘年会などで知り合って、イベントのコンセプトに賛成してくれた人たちが、素敵なブログや紹介をしてくれました。
 ツイッターでどんどんRTされていきました。
 
 たとえ、僕が休んでいても、どこかでひっそり、誰かが何かを少しでも動かしていました。



 永栄さんは本当に動いてくれました。
 貴重な休みの年末年始…。
 色んな友達、方面に連絡してくれて、様々な要員、物資などをかき集めてくれました。
 しかも、当日のタスクや進行まで。

 アミさんも、100箇所以上をmixiで。
 年末年始の仕事の合間に、4日で。
 
 ののやさんは、石鹸を売り切って
 そして石鹸を買ってくれた人たちがたくさんいて
 3日前に、参加費500円になりました。

 
 前々日。
 当日のプログラムの細かい打ち合わせをするのが2日前という有様。
 
 しかもそういえば、誰一人、今回、顔を合わせたことがない…!!!!!

 皆、僕やイベントを通じて、という共通項だけで、メールやスカイプなどでつながってくれて、本当にどんどん進んできた。
 
 で、人員が足りない。
 前日、何人もの参加者や、ボラ希望者に、やっと詳しい連絡をして、当日、何をするかまだ割り振ってないけど、とにかく!! 来てくれ、と頼みました。


 夢さん。
 菅原さん。
 四葉さん。
 
 永栄さんの身内つながりで3人。


 いきなり、声をかけてよく来てくれたよ…。



 当日。
 僕は部屋を出る時に、(ああ、もう僕のやること、今回はもう終わっているのかもな、とものすごく冷静な気持ちになりました)
 たぶん、僕が行かなくても、進む。このイベントは。
 僕はそれを確かめに行くだけでいい。
 うっすらですが「信用できてるな」と思いました。
 今回のスタッフ、ボラさん含めて、みんな。
 いつもは、当日が本番で、僕がてんぱりながら、色々仕切って、動かし盛り上げなくてはいけなかったのです。 
 でも今回は、ゆっくり、見てて、楽しめるんだろうなと(やってくれる長栄さん他スタッフたちには失礼な話ですが)

 
 当日は、また当日報告ブログかサイトで書くと思いますが、本当に安定していたイベントでした。
 今までで一番。
 本当に僕はいるだけでよくて、料理手伝ったりもせず、誘導もせず、司会もせず、走りもせず…時には寝たりもしてました笑

 いったいなんだっただろう。


 今回のイベント、本当自分は、ダメでした。
 もう、本当に「助けて!」と撒き散らしていました。
 ダメですから。
 クズですから。
 本当は、僕が助けてほしいのに、「助ける」みたいなコンセプトを一見前面に出したものをやってるのですから。

 ずっと前、「助けて!」と言った時は、僕をあわれに思って、みんな走りにきてくれよ!別に来なくて喪いいけど!別にね!!
 ということだと思ってました。
 だけど、違った。
 
 助けてほしかったのは、僕がこのイベント自体を楽しんで作ることで、あまりにつらそうで、あまりに手順がなってなくて、あまりに思いがへタレで、あまりに、主催者としてもうダメなかんじだったので、たぶん…。

 皆が、このイベントを、僕自身を、支えてくれたのだと思います。
 僕が、やろうとする、そのこと自体を。

 僕は立ってられなかった。
 いまだに今年の納得いく自分の中でのコンセプトなん立てられてやしない。
 でも、
 でもみんながどんどん引っ張ってってくれた、押してくれた。
 僕一人では立てなかった、僕一人では、確実に、走れず、ゴールできなかったのです!!!!


 ゴールさせてくれてありがとう。

 僕を、やりたかったけど、苦しくて、いきつこうとできなかったところに、ひっぱりあげてくれて、同じように、僕以上に、動いて、がんばってくれてありがとう。
 僕がなにもできなくても、
 ひとりでは、立とうとする意思さえ、もう持てなくても
 いつのまにか歩き、時には押し、背負い一緒に進んでくれてありがとう。

 僕は、今年、こんなに、どうして成功したか、ということは、僕がみんなを、本当に信じることができたからだと思っています。

 今までも、「成功」していたのかもしれない。
 でも来てくれる人も、手伝ってくれる人も、僕は壁をつくって、線をひいて、一人で、がんばりたがっていた。
 でも、もう、無理だった。
 そんな自分勝手な自分なのに、成功させてくれてありがとう!!!!!





 今はもう書くことがありません。
 疲れていることもあるんでしょう。


 だけど、僕はこのイベントをやっていていいんだな、と思いました。 
 今、思っています。

 みちこ 
 よつば
 ながえ
 きむら
 ののや
 あみ
 しみず
 ゆめ
 すがわらさん
 ながえいもうとさん
 ながえいとこさん
 ながえいとこさんのおもとだちさん
 


 まずスタッフに、ありがとう


 今日は寝させてください。
 明日も、報告はないかもしれないです。
 すみません。
 休みたいのです。

 
 ありがとうございました。