僕の、一人や誰かの手では、すぐに問題を解決できない状態だった友達たちは、2つに分かれる。
ひとつは、何かふとした拍子だったり、自分の何か継続だったり、ふとした「救いの手」だったり、なんとなくだったり…で、ラクになってきた人。
もうひとつは、そのままもっと、なだらかに苦しみの淵へ行った人。
苦しみの淵に行ったとしても、未来がないわけではない。
亡くなってしまっても、そのことがいけないわけでもない。
いろんな今までの問題を「克服」してきても(リスカだとか、無職状態だとか、オーバードーズだとか、自殺願望だとか)
知らない人と一緒の空間にいれなかったり
ストレスが出るとカラダにアトピーや疥癬などができたり
電車に乗れなかったり
…etc.etc.
少なくともすぐには”治ら”ないことはあって、彼らの自由や選択肢をせばめている。
何かをすすめたところですぐにはどうにもできないし、彼ら自身もいろいろ試したり考えていたりする、当然。
ゆっくり時間は流れている。
受け入れることもともに生きることも言うほど簡単じゃない。
誰かが一緒にいることでさえも。
自分に対しても、誰かに対しても無力感を持つばかりだけど「問題」ととらえずに生きれればいいのに。
現実を受け入れ生きることのできる人が、本当は一番強いと思うのだけれど。
0 件のコメント:
コメントを投稿